呉服店から街の小さな百貨店へ。 創業217 年の老舗呉服店の挑戦

 

日本が世界に誇る伝統衣装、“着物（kimono）”。袖を通すだけで自然と背筋が伸び、一挙手一投足を美しく見せる不思議な力が宿っています。そんな着物の伝統を守りながらも、気負わず慣れ親しんでもらおうとその魅力を提案・発信し続けているのが『株式会社 いまぎ呉服店』の取締役・今津博光さん（33）。文化3 年（1806 年）に創業し、今年で217 年目を迎える老舗です。

「着物にはそれぞれ繊細な作業の元、手間暇をかけて仕立てられた職人さんの技・想い、さらには着る人とその家族に受け継がれてきた思い出が詰まっています。そうした理由から手放しにくい方も多いのかなと。せっかく思い出の詰まった着物が手元にあるなら、ぜひ着ていただいて、ご自身の思い出を書き加えるお手伝いができればと思います」。

 

販売だけでなく、着付けまでフォローしてくれるのもいまぎ呉服店の特徴。“より多くの人が着物に触れるきっかけを作りたい” と美容学校で和装を専攻していた根っからの着物好きである奥さまが着付け教室を行っています。初心者から上級者までいくつかのクラスに分けて開催。全12 回、マンツーマンで着物のイロハを学ぶことができます。

「着物というと日本古来の正装で敷居が高いイメージをお持ちの方も多いように思います。そんな中、ウチに足を運んでいただけるだけで本当に嬉しくて。そこで少しでも通っていただきやすいように教室の開催曜日や時間はその都度、生徒さんと相談しています。ベテランの多い店なので会話を楽しみながら自分のペースでゆっくり着物と向き合っていただければ」。

着付け教室では着物の着方はもちろん、畳み方や補正のやり方、袋帯・名古屋帯といった異なる種類の帯の結び方まで、生徒さんに寄り添いながらそれぞれに合わせて進行していきます。

「多くの生徒さんに着付け教室を通して着物の素晴らしさを伝えていますが、私もまだ修行中の身。経験豊富なスタッフから勉強したり、日常生活を着物で過ごすこともしばしば。日々の動作の中でどこが崩れやすいか、あるいは苦しくなってくるのか。それらを改善した着付けができれば、生徒さんに伝えられることが増えますし、より着物を好きになってもらえるかなと」。

 

長年地域に根付き、着物カルチャーを発信し続けるいまぎ呉服店。今津さんご夫妻が大切にしていることを尋ねると“街の小さな百貨店のようなお店でありたい” と口を揃えます。

「創業以来、先代たちが着物を通じて築き・紡いできたお客様との信頼が今日に繋がっているわけですが、より若い世代に継承していくためには着物だけではいけないと思っています。店内に着物以外の商品を置いているのはそのためなんです」。
  

たしかに店内を見渡すと呉服店では珍しくジュエリーや革製品といった商品が目に飛び込んできます。同社では3 月にサンゴの展示会、4 月はスーツの採寸、6 月は革靴のオーダーなど季節に応じてスポットで催しを開催。時代に応じた家族丸ごとのコーディネートを提案できるよう進化を続けています。

「サンゴは成人を迎える女性の厄払い、スーツや革靴は年代問わず広い世代の方々にご利用いただいています。老若男女、たくさんの方に興味を持ってもらえればと思いますが、大切なのは実際に足を運んでいただくこと。そうすれば必ず着物が目に入りますから。催しついでにチラッと着物が視界に入るだけでもいいんです。そこから着物への興味をかき立てられたら嬉しいですね」。

「百貨店といえばギフトも忘れてはいけませんよね？」ニヤリと笑いながら今津さんが手渡してくれたのは『すだち出汁（11 パック入り/ 税込850 円）』。実は25 歳までイタリアンレストランで修行していた経験を持つ今津さん。コロナ禍で劣勢にあったすだちの消費拡大と、県外の人にも徳島産のすだちを知って欲しいとの想いから企画。商品開発やマーケティング事業を展開する株式会社ORIOLI（広島県）を営む中学時代の友人も賛同し、共同で徳島県神山町のすだちを使用した食品ブランド『橘果（KIKKA）』を立ち上げ、商品化に成功しました。
「原料のすだちはこれまで日の目を見ることなく廃棄されていた摘果すだちを使用しています。摘果されているとはいえ味・香りは正規品と遜色ありませんし、美味しく食べながら資源の再利用にもなっている。二兎追うものが二兎とも得られた感じですね（笑）」。

「ここ数年のコロナ禍で日常が目まぐるしく変わりましたよね。我々の業界も例外ではなく、催事が停滞し、需要が減少したことでより“着物＝特別なもの” として定着してしまいました。そんな先の見えない暗闇に差し込んだ一筋の光が“街の小さな百貨店” 構想です。着物以外にもスーツや小物を取り扱うことで、若い方でも学校帰りにたわいもない会話をできるようなアットホームなお店になっています。着物に少しでも興味のある方やそうでない方、一人でも多くの方とお会いできるのを楽しみにこれからも頑張っていきます」。